今日 奥村が退社します。
理由はいくつも あると思いますが
僕は いつも感謝しています。
まだ 名の売れていない田中建築工業を
ずっと支えてきてくれました。
とても 感謝の字でくくることが
できません
自分は この手の対応がものすごく下手で
退社する2週間前ほどから
声を掛けることが出来ません。
辛いのではなく
軽く今まで 通りに話せない
なんとも言えない気持ちでいっぱいでした
そして お互いの意見を
尊重したいから。
また これ以上の言葉が なぜか
軽い言葉になりそうだったから
周りのみんなは 仲が悪いのではと
思っているに違いませんが
僕が勝手に 声を掛けられないだけで
反対する人もたくさんいました
もちろん 賛成する人もたくさんいました。
でも 個人的な感情は
奥村は 僕の命の恩人です。
どん底だった 僕を救ってくれました。
何度も何度も・・・
元気をくれたし
勇気をくれた
また 確信を導き出してくれた
そして 苦労を共に味わって
共に笑い 共に悔しい思いをして
後輩の僕を 目上に扱ってくれたことも
奥村の優しさからだと思います。
会社の成長の過程で
僕自身行き過ぎた行動も経営者として
当然ありました。
でも 文句も少し言っていましたが
駄目だと言わず付いて来てくれた奥村が
いつも 当たり前のようにありました。
殴りあいました
笑いあいました。
言い争いもしました。
でも 全てみんな正しいことを
正しいと思う意見の衝突で起こった行動だと
最後には二人で必ず確認しあいました。
また そんな二人を
みんな 笑って許してくれました。
寂しいを 通り越しています。
決断を下した事が いつも心に引っかかっています。
でも 彼を尊重し そして 彼の新しい人生を
送り出してあげるのに
今の 僕の心の中では とても
声にだして 物言を語ることが出来ませんでした。
今日まで・・・
簡単に やさしさをもって 何てことは
軽すぎて出来ません。
今日 朝礼で10年間お世話になりました・・・
そう奥村は言いました。
お疲れ様でした・・・
たった それだけしか 言えませんでした。
でも 精一杯だった
命の恩人に感謝したいと思います。
未来の恩人に感謝したいと思います。
人生の恩人に感謝したいと思います。
これから 田中建築工業のトップとして
彼から見て
恥ずかしくない会社を 守り続けて行く事だけが
奥村に対する感謝に対する表現方法の
ひとつだと思っています。
今度こそ 彼に恩返しをしなければなりません。
それは 頼ってきてくれるか わかりませんが
その時は 何があっても
彼に尽くさなければなりません。
命に代えてまで 何かをしなければなりません
会社の成長過程において
何かを 失うときが来る・・・
そんな言葉を 先輩経営者からよく
聞かされました。
こんな形が やってくるとは思いませんでした。
そして 人の気持ちまで
当然コントロールは出来ません
奥村は 苦しかったと思います。
僕は その気持ちにこたえられなかったんだと思います。
いつの日か 奥村に感謝してもらえるように
人間をもっと 鍛えないといけませんね。
それと 不器用な心も直さなければ いけません。
いつでも 誰かに軽くありがとう と 言えますが
この様な心からの ありがとう の言葉は
なかなか 言えないものだと
こんな事さえも 奥村から 教えてもらいました。
思い起こせば
営業不振の気持ちをもった彼もいました。
立ち直り 営業のスーパースターになった彼もいました。
初めて部下を持った 彼もいました。
初めて受注したオーナー様の感動話を一生懸命話をする
彼もまた すぐ最近のように感じます。
長いようで 短かった・・・
短いようで 長かった・・・
共にがんばろうね
一緒に笑えるようになろうね
また 一緒に遊んでください。
また 心の支えになってください。
また 喧嘩もしてください。
楽しい時間をまた 過ごしたいと願います。
特別な奥村だけに
感情が入り混じり 最後の言葉が見つかりません・・・
最後に
応援しています
感謝しています
与えたいと思います・・・“力”
もう 毎日会うことが 出来ませんが
健康でお過ごしください
次の人生の誕生日に・・・
吉日 田中雅之







